筋力の低下で、呼吸も弱くなる
柔らかくきれいな肺を保つことが重要
肺を動かすのは、骨と筋肉
呼吸運動は、横隔膜や胸郭周囲の筋肉で胸(肺)を広げることで息を吸い、縮めることで息を吐くことの繰り返しです。このときに、吸い込んだ新鮮な空気から酸素を取り込み、体にたまった二酸化炭素を放出することで血中の酸素・二酸化炭素濃度を一定に保っています。
骨格筋が障害されると、呼吸の力も弱くなり、十分な空気を吸い込むことが困難になり(肺活量の低下)、血中の酸素が低下(低酸素血症)、二酸化炭素が上昇(高炭酸血症)するようになります。
このような状態が進行して、低酸素血症・高炭酸血症が顕著になった状態を「呼吸不全」と言います。また、肺活量が低下すると、胸を動かす範囲が小さくなるため、手足の拘縮と同様に胸郭や肺が硬くなり、さらに呼吸運動を困難にします。
肺を動かす仕組み
呼吸機能の低下は、嚥下や喉頭機能の低下を伴いやすいため、誤嚥や窒息が起きやすいことに加え、強い咳ができないために痰や異物を排出することが困難になります。
このため、肺炎や無気肺が起こりやすくなります。
咳の仕組み
病型によっては、呼吸の調整機能障害により肺活量が正常でも低酸素血症や高炭酸血症が見られることがあります。また、日中の呼吸状態が正常でも、睡眠中に呼吸が低下したり、無呼吸が見られたりする場合もあります。
定期的な検査が大切
呼吸機能の変化は徐々に生じるため、その変化に気付くことは困難です。
筋ジストロフィーの患者さんは、運動機能が低下するため、さらに呼吸機能低下に気付きにくくなります。
このため、定期的な検査で呼吸機能を把握し、適切な時期から必要な対処法を導入していくことが大切です。
基本となる検査は次の項目です。病型や呼吸機能に応じて必要な頻度が異なるため、主治医の先生と相談し、定期的に検査を受けましょう。
- 呼吸機能検査:肺活量、咳の強さ(ピークフロー)など
※座位と臥位での肺活量に差がある場合もあります - 胸部X線(CT)
- 睡眠時検査
- 覚醒時酸素飽和度(SpO2)、動脈血ガス分析、経皮炭酸ガス分圧など
適切な時期から呼吸理学療法の導入を
呼吸機能が低下すると、痰がたまりやすくなる(気道クリアランス低下) 、無気肺ができやすくなる、肺が硬くなる(肺コンプライアンス低下)などの問題が生じやすくなります。
柔らかくきれいな肺を長期間保つことは、とても重要です。
このために適切な時期からの呼吸理学療法が不可欠です。
呼吸管理の第1選択はNPPV
NPPV(非侵襲的陽圧換気療法)は、マスクを装着して空気を送り込むことで呼吸を補助する方法で、気管切開のような侵襲(手術)を伴わずにできることから、呼吸不全に対する治療の第1選択です。
適切な呼吸管理は、デュシェンヌ型筋ジストロフィーなど神経筋難病の生命予後を大きく変化させています。
一方で、NPPVで大きな効果を上げるためには、患者さんの理解と協力に加え、適切な管理が重要です。NPPVの導入・管理は筋ジストロフィーの呼吸管理に習熟した施設で行うことをお勧めします。
NPPVはマスクを介して呼吸を補助するため、マスクの種類や大きさ、適切な装着(フィッティング)が呼吸管理を良好に維持する上で極めて重要です。
患者さんやご家族の自己判断でマスクや装着方法の変更を行わないでください。
また、患者さんの状態は経時的に変化していくため、人工呼吸器の設定もそれに合わせて随時見直す必要があります。定期的に睡眠時・覚醒時を含む呼吸状態のモニタリングや全身状態の評価を行い、最善の設定を維持するようにしましょう。
呼吸管理の目的は低酸素血症の改善だけではない
人工呼吸器の導入を勧められた患者さんは、自分の病状がそこまで悪くなったかとショックを受ける場合が少なくありません。人工呼吸器には生命維持装置のイメージも強く、そのことも呼吸管理の受け入れを躊躇させる要因のひとつです。しかし、適切な時期の人工呼吸器導入は、病気の進行を遅らせる積極的な意味も大きいのです。
呼吸管理によって体力の消耗を防げる
呼吸機能が低下した患者さんは、呼吸運動に全身の筋肉を用いるようになり(努力性呼吸)、呼吸に消費するエネルギーが大きくなります。
一方、食べたものを消化吸収するには十分な酸素が必要ですが、呼吸不全では酸素が不足しているため摂取できる栄養が低下します。このため、呼吸不全患者は必要なエネルギー量を摂取できず、全身の筋肉を分解して補おうとします。
呼吸管理を導入することで、エネルギーの消費を抑え、栄養摂取をしやすくすることで、筋肉の消耗を防ぐことができます。
呼吸管理は心臓の負担も軽減する
心臓が血液を体中に送るのは、体が必要とする酸素と栄養を全身に届けるためです。
呼吸不全で血中の酸素が低下すると、必要な酸素を供給するために心臓が送り出さなければならない血液の量が増加し、心臓の負担が増加します。呼吸管理で低酸素血症が改善すると、それだけ心臓の負担も軽減します。また、心臓自身への酸素の供給が増えることで、心臓も楽に動けるようになります。
こうした効果を十分得るためには、呼吸不全が進行する前に呼吸管理を導入することが望まれます。多くの患者さんは、呼吸管理の導入を勧められた時点では、呼吸不全の症状を自覚していないと思いますが、そうした積極的な意味も理解して選択してください。
在宅でも人工呼吸器を使っていくために
筋ジストロフィーでは、人工呼吸療法を導入した後も多くの患者さんが在宅で暮らしています(在宅人工呼吸療法)。
在宅人工呼吸療法の導入には、患者さんとご家族が在宅で人工呼吸療法を継続する意思を持ち、日常の健康状態・呼吸状態(SpO2など)の観察方法、機器の取り扱いや緊急時対応に関する指導を受け、物品や住宅環境の整備、在宅地域の医師や訪問看護師との連携体制を整えるなど十分な準備が必要です。人工呼吸器の管理を専門病院が行うか、地域の先生が行うかについても決めておく必要があります。導入前に患者さん・ご家族、病院と地域の関係者が集まってカンファレンスを行うことも大切です。
災害時のリスク管理
大規模災害が起き、ライフラインが途切れる場合を想定し、最低3日間は自宅で初期対応を行えるように備えましょう。電源の確保は特に重要です。
患者さんは非常用電源、手動式蘇生バッグ、携帯用吸引器、緊急時必需品などを用意しておきます。
災害時の家族や関係者との連絡方法、避難方法について予め相談しておきましょう。
NPPVで十分な呼吸管理が行えない場合は気管切開も考慮
NPPVはマスクを介して呼吸を補助するため、マスク装着部(鼻・口)から肺までの空気の通り道(気道)が確保できていることが必要です。また、皮膚の障害や顔のやせなどでマスクの密着が困難な場合も適切な管理が困難になります。こうした条件を満たせず、NPPVで十分な呼吸管理が行えない場合は気管切開も考慮します。
気管切開による人工呼吸は、患者さんとご家族、医療者の間で十分な話し合いが必要です。
気管切開では、発声ができなくなることが大きなデメリットとして知られていますが、発声機能が保たれている患者さまでは、工夫により発声が維持できる場合もあります。
また、変形の強い患者さんでは気管切開により気管動脈瘻が起きることがあるため、術前にCTで適切な造設位置を検討するなど十分な注意が必要です。