患者さんが住みたい場所で暮らすために
多くの職種と医療が連携するチームケアへ
20歳代から50歳代へ。チーム医療が達成した生命予後改善
代表的な筋ジストロフィーであるデュシェンヌ型筋ジストロフィーの平均死亡年齢は、呼吸管理が普及する前(1980年頃まで)は20歳未満でした。
しかし呼吸管理や心筋障害治療が普及した今では、平均死亡年齢は35歳前後にまで延長し、50歳代の患者さんもみられるようになりました。根本的な治療法が開発されていないにもかかわらず、これほどの生命予後改善を達成できたことは、専門病院の多職種によるチーム医療の輝かしい成果で、世界の中でも抜きん出たものです。
病棟から地域へ:集積したノウハウを分かち合うために
多職種による集学的医療を実践してきた「筋ジス病棟」
1964年に定められた「進行性筋萎縮症児対策要綱」により全国26箇所の国立療養所(現・国立病院機構)および国立精神・神経センター(現・国立精神・神経医療研究センター)に専門病棟(筋ジス病棟)が置かれました。
当時は、障害者には就学猶予が与えられ、学校に通うことができませんでした。このため、専門病棟の第一の役割は、筋ジストロフィー患者などに医療と教育の提供を行なうことでした。
そこで専門病棟には養護学校(現・特別支援学校)が併設され、病棟のスタッフには医師・看護師や療法士・栄養士などの医療職に加え、児童指導員・保母など福祉職も配置され、集学的なケアが提供されてきました。
また、全国規模の研究班が組織され情報交換や研究を推進されるなど、世界に類を見ない体制でノウハウの蓄積が行われてきました。
ノーマライゼーション思想:障害を持つ人も、持たない人も共に暮らす社会に
1981年、障害者の社会生活の保障・参加に向けた国際的努力の推進を目的として、国連が国際障害者年を定めました。これを契機に、「障害者はその能力に合わせた特殊な環境で保護すべき」と言う考え方から、「障害を持つ人も持たない人も地域で共に生活する社会が当たり前」という「ノーマライゼーション」思想が普及するようになりました。
学校教育の面では1979年に養護教育が義務化されたことをはじめとし、徐々に地域の学校での障害児の受け入れが進んできました。
呼吸管理など医療ケアの必要な患者さんにおいても、携帯型の人工呼吸器や吸引器の普及、1990年・94年の医療保険改定により、在宅人工呼吸療法が可能になったこと、在宅医療サービスの拡充などにより、在宅でも生活できるようになりました。
今では、筋ジストロフィーの多くの患者さんは人工呼吸器を付けても在宅で生活しています。航空機内での人工呼吸器使用も可能になり、海外旅行に行かれる患者さんも見られるようになりました。もはや人工呼吸器は、患者さんの行動範囲を制限するものではなくなっています。
医療ケアが欠かせない筋ジストロフィー患者さんも地域で生活できるようになったため、患者さんの最大の関心事は就労など社会的役割の拡大になっています。
指定難病に移行:専門病院のノウハウを活用し、地域で患者さんを支えよう
しかし、ノーマライゼーションの普及は「専門的対応が届きにくくなる」という新たな課題も生じさせています。
筋ジストロフィーに対する施策は、障害者対策の先駆けであり、その後から実施された難病対策とは別事業として実施されてきたため、結果的にノウハウが専門病院に集中しています。
現在、小児年齢の患者さんの多くは、普通校で教育を受け、大学病院や一般の総合病院に通っていて、専門病院を受診するのは、医療的ケアが必要な段階になってから、という患者さんが増えています。
どこでも同じ(最高水準の)医療や教育が受けられる、というのは理想ですが、一般の教員や医師が筋ジストロフィーのような希少疾病を持つ患者に、何人も出合う機会はなく、熟練したスキルを身につけることは困難です。
一方で専門病院には、筋ジストロフィーに習熟した多職種のメンバーがおり、子育てや心理支援、福祉制度などの相談、リハビリテーション、栄養指導など患者さんが抱える多様な問題に対応している実績を持ちます。
病気のことをよく知っているため、将来起こり得る問題を予想し、予防的な対応を考えられることも大きなメリットです。また、患者さんにとっては、同じ病気の患者さんと接する機会が増えるため、同じ悩みを共有できる仲間を見つけやすいことも、孤立を予防する意味から大切なことです。
筋ジストロフィーの標準的医療普及のため、2014年に「デュシェンヌ型筋ジストロフィー診療ガイドライン2014」が出版されました。このようなツールは、共通認識を形成するために有効ですが、ケアの実践においては、地域の事情に即した形で専門病院を核とした支援体制を構築していくことが大切です。
難病医療法の改定により、2015年から「筋ジストロフィー」も指定難病のひとつになり、他の難病と共通の施策に入ることになりました。研究班としては、地域連携のシステム構築を進める上での好機と考えており、リハビリテーションや地域でかかわる多職種の方に向けたセミナーの実施などを行っています。
治療法がないのに、わざわざ時間をかけて専門病院に行っても意味がない、との声も聞きます。しかし、すべての問題を一気に解決できる夢の薬がない段階だからこそ、良い状態を維持するには先を見越した多面的なケアが重要であり、豊富な知識を有する専門病院に早期から受診することには大きな意義があります。
専門病院を核に、蓄積したノウハウを共有するために、地域の医療機関・リハビリテーション機関や教育機関などと連携し、医療ケア・介護が必要になれば往診医や訪問看護・介護事業所など、状況に合った専門職が適時に対応できる体制に変化させていく、地域での多職種連携による集学的医療体制をともに構築していきましょう。

在宅移行を目的とした病棟利用もある
在宅療養期間が長くなると、介護者の健康問題などで在宅療養が困難になる場合があります。このような場合、無理に頑張り続けると、患者さん・介護者が共倒れになる危険もあります。
こうした事態を防ぐため、いったん患者さんに入院いただき、患者さん・ご家族の健康を取り戻していただく、その上で現実的な療養体制を組み直して地域へ戻っていく、そうした形の病棟利用法もあります。
介護者の負担軽減を目的とした短期・中期の入院や、数年かけて自立訓練や環境調整を受け、自立生活へ移行する患者さんもいます。
施設ごとに状況が異なるため、直接ご相談いただければと思います。