症状の進行は比較的緩やかだが
定期的な受診・検査が大切

発症メカニズムに2つのキー

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーの発症メカニズムは複雑で、まだ未解明な部分がありますが、4番染色体長腕の端(4q35)にある、成人では通常発現していないDUX4遺伝子が発現するようになることが本症の本質的な原因と考えられています。

DUX4の発現が生じるには、
①完全なDUX4遺伝子が存在すること(4qAハプロタイプ)と、
②遺伝子発現抑制機構の解除(メチル化低下)の2つが揃うことが必要になります。 大事なポイントなのでもう少し詳しく説明します。

①完全なDUX4遺伝子が存在すること: 4qAハプロタイプであること

4番染色体長腕の端には、3.3kbの長さの繰り返し配列D4Z4があり、通常では繰り返し回数は11~100回程度の範囲にあります。このD4Z4にはDUX4遺伝子の一部(エクソン1, 2)が存在します。D4Z4繰り返し配列のさらに端の遺伝子配列には、幾つかのパターン(ハプロタイプ)が存在します。このうち4qAタイプにのみDUX4遺伝子のエクソン3があります。このため、4qAタイプでは、完全なDUX4遺伝子(エクソン1,2,3の全て)が存在するのですが、それ以外の方には完全なDUX4遺伝子はない(エクソン3がない)ため、完全長のDUX4遺伝子が発現することはありません。

②遺伝子発現抑制機構の解除:メチル化低下

すべての細胞の核にあるDNAには、その生物が持つ全ての遺伝情報が存在します。しかし、個々の細胞において、ある時点で発現している遺伝子は、その一部に過ぎません。

DNAはヒストンと呼ばれる糸巻きのようなものに巻き付いています。遺伝情報を使わない部分は糸巻き同士が固まっています(遺伝子発現抑制状態)が、遺伝子が発現する部分は糸巻きがほぐれ、DNAの遺伝情報が読み取れる状態になります。

DNAのメチル化は遺伝子発現調節機構の一つで、メチル化が強いとDNAの糸巻きは固まって発現しない(糸の情報が読み取れない)状態になりますが、メチル化が弱くなると糸巻きがほぐれて発現する(糸の情報が読み取れる)ようになります。

顔面肩甲上腕型ジストロフィーに関連する領域(D4Z4の存在する部分)は、通常強くメチル化されていてDUX4が発現しないようになっています。

メチル化が低下する要因には、(i)D4Z4の繰り返しが1~10回に減少する、(ii)メチル化を制御する遺伝子に変異が生じる、の2種類があります。

ほとんど(90%以上)の患者さんは前者でI型(FSHD1)、後者をII型(FSHD2)と呼んでいます。II型の原因となる遺伝子は2012年にSMCHD1が最初に発見され、その後DNMT3B, LRIF1など複数の遺伝子が報告されています。この2つの要素は互いに影響する場合があり、D4Z4が8-10回程度の方においては、メチル化制御因子の変化(メチル化の強さ)が重症度に影響しているとの報告もあります。

遺伝カウンセリングを受けた上で正しい診断を

顔面肩甲上腕型の診断は、下記によってなされます。

  • 臨床症状
  • 遺伝学的検索(遺伝子検査)で、4番染色体長腕のD4Z4短縮またはメチル化制御遺伝子の変異、および4qAハプロタイプを確認

本症によく似た症状を呈する別の疾患があること、骨格筋に炎症所見が見られることがあること、などから臨床症状や筋生検だけで診断を確定することは困難です。

間違われやすい疾患の中に治療可能なものが含まれること、本症でも治療法の開発が進みつつあることから、正確な診断を受けることの意味は大きくなっています。

本症の遺伝学的検索は、時代と共に変化しています。このため、過去に検査を受けられた方でも追加検査が必要な場合があります。

一方、遺伝子の変化と発症・重症度の関係には、まだ不明な点が多く残されており、同じ家系内で同じ変異を持つ方でも発症年齢や重症度に違いが見られます。遺伝子の変化がある方が必ず発症するわけでもありません。

このため、発症前診断や出生前診断には慎重な対応が必要です。遺伝学的検査の前には十分な遺伝カウンセリングを受け、納得して検査を受けることが大切です。

主な症状

発症年齢や重症度には大きな幅があり、同じ家系の患者さんでもバラツキが見られることが多いです。

以前は、呼吸不全や心不全などの深刻な合併症はないとされていましたが、実際には呼吸不全は多くの患者さんに見られるなど注意が必要です。

定期的な評価と適切な時期からの治療が重要です。

①筋力低下・筋萎縮

病名の通り、顔面、肩甲帯、上腕の筋力低下・筋萎縮が特徴です。進行すると全身の筋力低下が見られるようになります。

顔面筋力低下

  • 閉眼困難(目を強く閉じても睫毛が隠れない、白眼が見える)
  • 口とがらせ不良(「ウ」が作りにくい、口笛が吹けない、口から物がこぼれる)
  • 表情の乏しさ、横笑い(笑ったときに口角が上がらない)
  • 下唇の肥大
FSHD患者さんの顔貌

肩甲帯・上腕筋力低下

  • 上肢挙上困難(バンザイができない)
  • 翼状肩甲(上肢を前方に挙上すると肩甲骨が背中から飛び出て見える)
  • ポパイの腕(肩から上腕上部の筋が痩せて、上腕下部から前腕の筋は保たれる)
  • 手指の力は保たれることが多い
  • 漏斗胸(前胸部が凹む)も多く見られます

軽症例では顔の症状が乏しいことが多く、見過ごされやすい点に注意が必要です。

筋力・筋萎縮の程度に左右差が見られること、発症前の運動機能は正常な方が多いこと、なども特徴です。

②眼・耳の症状

網膜毛細血管拡張(25%程度)、滲出性網膜炎(コーツ病)(1%程度)、難聴(16%)が程度に見られます。小児例では見過ごされやすいので注意してください。

網膜の症状は進行するまで自覚されにくいので、定期的な眼底検査が大切です。

③呼吸機能障害

呼吸機能障害は、従来考えられていたより高頻度に見られます。肺活量の測定では、マウスピースをきちんとくわえることが難しい場合が多いので注意しましょう。

肺活量の低下が軽度でも睡眠時の呼吸が不安定な場合があります。人工呼吸療法が必要な方も少なくないので、定期的な睡眠時呼吸評価を含めた検査が必要です。

④心臓障害

高血圧が多いことが報告されています。心電図異常については、心伝導障害(脚ブロック)の頻度は高く、不整脈が一定の割合で報告されています。

心不全は少ないですが、心機能が保たれていても心臓MRIで心筋の線維化や脂肪浸潤が見られる症例が多いことが報告されています。

⑤中枢神経障害

一般的には中枢神経障害は稀とされていますが、乳幼児期に発症する例では、けいれんや知的障害を伴うことがあります。

療養上の留意点

顔面肩甲上腕型の患者さんは、病状の変化が比較的緩やかで、心肺不全など深刻な合併症が少ないと考えられていたため、未診断例や診断されても医療機関の受診を中断している方が多く見られます。しかし、一定の割合で呼吸障害や不整脈など生命に関わる問題が見られることから、定期的な評価と適切な時期からの治療が重要です。

また、筋肉の障害にバラツキや左右差があるのも特徴です。弱っている筋肉に無理を掛けず、生活を維持するためには、検査やリハビリテーション、適切な装具の利用なども重要です。ロボットスーツを用いたリハビリテーションで歩行が改善する患者さんもおられます。

治療開発の現状

発症メカニズムにDUX4が関連することが明らかになったことから、DUX4を抑制する治療法が複数開発されています。また、炎症や酸化ストレスなども影響していることが判ったため、炎症を抑える薬や抗酸化療法なども研究されています。