筋ジストロフィーは遺伝子の変異で生じる。
治療薬の開発が近付いています
遺伝子は細胞のひとつひとつにある
人の体は細胞でできています。細胞の中には「核」と呼ばれる中心部分があり、その中に染色体がセットになって収まっています。染色体は「DNA(デオキシリボ核酸)」がヒストンというタンパク質に巻き付いて折りたたまれているものです。
DNAは人体が生きる上で必要なすべての情報が書き込まれているもので、4種の塩基(A:アデニン、G:グアニン、T:チミン、C:シトシン)の組み合わせでできています。遺伝子は、DNAの中で体の特徴を作り出すためのタンパク質の設計図となる部分です。
筋ジストロフィーは筋肉の機能に関連する遺伝子の変異により発症する遺伝性疾患です。
筋ジストロフィーの病型によって、親から子どもへ変異が引き継がれているパターン(遺伝形式)が異なるほか、一定の割合の患者さんは突然変異でも生じています。
遺伝の仕組みの基本
ヒトの染色体は22対の常染色体と1対の性染色体(女性はX染色体2つ、男性はX染色体、Y染色体1つずつ)の計46個からなります。子どもは両親が持つ1対の染色体のうち1本ずつを引き継いで産まれますので、生じる染色体の組み合わせパターンは4通りがあります。
代表的な遺伝形式としては、以下のようなものがあります。
常染色体顕性(優性)遺伝形式:一組の遺伝子の一方に変異があれば発症する場合
両親のうち、どちらかに病気の原因となる遺伝子変異がある場合、子どもが同じ病気になる確率は一回の妊娠につき50パーセントです。
常染色体潜性(劣性)遺伝形式:一組の遺伝子の双方に変異がある時のみ発症する場合
両親のどちらも原因となる遺伝子をひとつ持つ場合(変異保有者)、子どもが同じ病気になる確率は一回の妊娠につき25パーセント(2本の遺伝子に原因遺伝子がある)、変異保有者(1本の原因遺伝子を持っている)となる確率は50パーセントです。
X染色体連鎖遺伝形式:性染色体のX染色体に変異がある場合
女性はXX、男性はXYの組み合わせで性染色体を持っています。ひとつのX染色体に原因となる遺伝子がある場合、女性は2本のX染色体を持っていますので変異保有者となり、男性はX染色体を1本しか持っていませんので発症します。
ただし、ジストロフィンの変異では女性でも発症する場合があることがわかっています。
遺伝に関する誤解や偏見を防ごう
遺伝については、今でも誤解や偏見が多く、そのことが患者さんやご家族に苦痛を与える場合が少なくありません。以下に挙げるものはその代表的な例ですが、医療者の中にも誤解が見られることがあるのは残念なことです。
遺伝についての疑問がある場合は、主治医や遺伝カウンセラーなどに訊ねて正しい知識を身につけましょう。
よくある誤解の例と答え
1.デュシェンヌ型筋ジストロフィーの母親は、全員変異保有者?
筋ジストロフィーでは、突然変異によって生じた患者さんが多く見られます。最近の調査では、デュシェンヌ型の患者さんのお母さんで、患者さんと同じ変異を持っている方の割合は6割程度でした。
つまり4割程度の患者さんは突然変異によって生じているのです。
2.常染色体顕性(優性)遺伝の病気では、変異を持つ人全員が発症する?
顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーは常染色体顕性(優性)遺伝形式の疾患として知られています。顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーのほとんどの患者さんでは、4番染色体長腕の端(4q35)に存在する繰返し配列(D4Z4)の数が減っており(1-10回)、診断にも用いられています。
しかし、患者さんのご家族を調べると4q35のD4Z4の数が減っていても、症状を呈さない人が多いことも明らかにされています。
3.同じ家系の患者は同じ症状・経過をたどる?
疾患・病型によっても異なりますが、同じ変異を有する同一家系内でも、発症年齢や初発症状、臨床経過には大きな違いが存在することが少なくありません。
4.病気でない人には遺伝子変異はない?
生命の多様性は遺伝子の多様性によってもたらされます。遺伝子は変化を続けており、あるものは不利に働き病気の原因となりますが、あるものは有利に働きます。
遺伝子の変異は全ての人が持っており、深刻な遺伝子変異だけでも、一人につき10個程度は存在するとされています。
近親者同士の結婚が望ましくないとされるのは、こうした変異が重なることで発症リスクが高くなることを避けるためです。
遺伝の問題は特定の人だけではなく、すべての人の問題として考えることが大切です。
遺伝子検査は十分な説明を受けてから行いましょう
遺伝子検査は、個人そのものを調べる検査であるとともに、遺伝子は親から子供へ引き継がれるものであることから、家系の情報にもなります。遺伝情報は生涯不変で、一般の血液検査データのように治療や生活習慣の改善で変化させることはできません。遺伝子解析技術の進歩はめざましいものの、遺伝子検査をすればすべての患者さんで診断がつくわけではありません。最近では、多数の遺伝子を同時に調べることもできるようになりましたが、こうした検査では、目的としていた疾患以外の病気を偶然見つけてしまう可能性もあります。
遺伝子検査には、このような限界と他の検査とは異なる特徴があるため、検査の必要性と意義を理解し、結果を受けとめるための準備を予め整えてから実施する必要があります。
遺伝子検査の前に同意書をいただいているのはこのためです。非発症者(ご家族)が検査を受ける時や出生前診断には、このプロセスが特に重要になります。
遺伝相談では、主治医や必要に応じ遺伝専門医や遺伝カウンセラーなど専門職によるサポートを受けることができます。専門的な遺伝カウンセリング施設は全国遺伝子医療部門連絡会議(http://www.idenshiiryoubumon.org/)でも調べることができます。
正確な診断は治療の前提
筋ジストロフィーの研究は、責任遺伝子を同定し、そのタンパク質の機能を調べることで病気のメカニズムを解明し、治療法を開発する方向で進んできました。近年、こうした基礎研究の成果をもとに薬の開発が進められています。
治療のターゲットも、遺伝子や蛋白レベル、炎症や酸化ストレスなどの二次的障害、筋量の調節因子などさまざまで、こうした新しい薬によって筋ジストロフィーの機能予後が改善することが期待されています。
治療法の開発が進むと共に、正確な診断の必要性が以前より高くなってきました。
薬は、そのターゲットに適した患者さんにのみ効果を発揮します。遺伝子をターゲットにした薬であれば、同じ病気でも遺伝子変異の内容によって治療対象となる患者さんと、そうでない患者さんに分かれる場合があります。
また、臨床的に筋ジストロフィーとされていた患者さんの中に、既に治療法が見つかっている病気が隠れている場合が稀にあることも報告されています。
筋ジストロフィーではまだ原因遺伝子が見つかっていないものも多いため、筋生検や遺伝子診断を行っても必ず確定診断ができるとは限りません。しかし、治療機会を逃さないためには、現時点で可能な検査をできるだけきちんと受けておくことも大切です。主治医とよく相談の上考慮ください。