ウイルスベクターにマイクロジストロフィンを組み込んだ疾患修飾治療薬
デュシェンヌ型筋ジストロフィーの治療薬エレジビス®は、ウイルスベクター(アデノ随伴ウイルス)にマイクロジストロフィンを組み込んだ遺伝子導入療法薬で、病気の進行を抑制すると考えられている薬です。 エレジビス®は、2025年5月に条件及び期限付き承認を取得し、2026年2月から販売開始となっていますが、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者さんなら誰でも・どこでも投与が受けられるわけではありません。対象は3歳以上8歳未満*で、歩行ができる、などの条件に当てはまる患者さんです。
*対象年齢設定は2026年2月現在です。
投与前後は感染予防や副作用などへの厳重な対応が必要で、患者さんとご家族が正しい理解をし、適切な行動をすることが欠かせません。担当医と十分相談して、納得した選択をしてください。
目次
Ⅰ. エレジビス®の仕組み
遺伝子導入療法では、感染しても増殖しない(自己複製能を喪失させた)ウイルスに、目的とする遺伝子を組み込んで、運び役(ベクター)として用います。エレジビス®で用いられているアデノ随伴ウイルス(AAVrh74)には、4.8kb(キロベース)までの遺伝子が搭載可能ですが、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの責任遺伝子であるジストロフィン遺伝子は14kbと巨大なため、機能をできるだけ保ちながらウイルスに搭載可能なサイズまで短縮したジストロフィン遺伝子(マイクロジストロフィン)を組み込んでいます。筋肉特異的なプロモーター(MHCK7プロモーター)も組み込まれており、骨格筋・心筋でこの遺伝子が発現してマイクロジストロフィン蛋白を作るように設計されています。
ベクターウイルス(アデノ随伴ウイルス: AAVrh74)に組み込まれているもの

エレジビス®が投与(点滴)されると、ベクターウイルスが細胞に取り込まれ、核の中で導入遺伝子を放出します。骨格筋・心筋ではMHCK7プロモーターが作用して、翻訳が進みマイクロジストロフィン蛋白を発現するようになります。マイクロジストロフィン蛋白はジストロフィン関連蛋白と複合体を形成し、筋の損傷を防ぐ効果を発揮すると考えられています。
(1)ベクターウイルスが細胞に取り込まれ、細胞の中の核に入る

(2)核に入ると、ベクターウイルスからマイクロジストロフィン遺伝子(DNA)が放出される

(3)糸状のマイクロジストロフィン遺伝子が2本鎖のDNAに転写される

(4)マイクロジストロフィン遺伝子(DNA)からmRNAが転写される

(5)mRNAが核から細胞質に出て、マイクロジストロフィン蛋白が作られる

(6)マイクロジストロフィン蛋白がジストロフィン関連蛋白と結合し、複合体(DAPC)が形成される。この結合が筋肉の伸縮時の衝撃を吸収するため、筋細胞の損傷を防ぐと考えられる

Ⅱ. 治療対象となる患者さんの条件
2026年2月時点において、エレジビス®の治療対象となる患者は主に下記の条件を満たす方です。
- 3歳以上8歳未満の歩行可能なデュシェンヌ型筋ジストロフィー
- ジストロフィン遺伝子のエクソン8および/または9の一部または全体が欠失していない
- アデノ随伴ウイルス(AAVrh74)に対する抗体がない
- 過去にエレジビス®を投与されたことがない
エレジビス®はウイルスをベクターとして用いるため、このウイルスに対する免疫(抗体)を持っている方には使用できません。一度治療を行うと、免疫が獲得されるため、本剤の治療経験がある方にも投与できません。
マイクロジストロフィン遺伝子はジストロフィン遺伝子のエクソン1-17、エクソン59-71、79で構成されています。このため、これらの部分を欠失した患者さんでは、治療により発現したマイクロジストロフィン蛋白に対して拒絶反応(免疫介在性筋炎など)が生じる可能性があります。実際、エクソン8、9が欠失した患者さんでは重篤な免疫介在性筋炎が報告されたため対象外となっています。
さらに、安全性と有効性のバランスも考慮して、運動機能や年齢による制限が設定されています。
Ⅲ. 治療における注意点
遺伝子導入療法に対する期待は大きい一方で、治療においては注意点が多いことも特徴です。主なものを下記に挙げました。
1. 組換え遺伝子の拡散防止対策
エレジビス®は アデノ随伴ウイルスにマイクロジストロフィン遺伝子を組み込んだ遺伝子組換え製品です。エレジビス®を投与された患者さんからは、一定期間(投与後4週間)体液(唾液、鼻水、涙、血液など)や排泄物(尿、便、嘔吐物など)からアデノ随伴ウイルスが排出されるため、外部の環境に遺伝子を組換えたアデノ随伴ウイルスを拡散しない対策が必要です。
投与後4週間は、患者さんの体液や排泄物に触れる場合はマスク・手袋を着用する、患者さんの体液や排泄物が付着した衣類・リネンなどは他の洗濯物とは別に速やかに洗濯する、洗えない場所に付着した場合は吸水シートなどで拭き取り次亜塩素酸ナトリウムの消毒液で清拭する、廃棄物は袋を二重にして廃棄物が外に出ないようにしてゴミに出すなどの対処が必要です。
特に、エレジビス®治療を受けていないデュシェンヌ型筋ジストロフィー患者さん(ご兄弟など)が家族におられる場合は、治療後4週間以内に治療を受けた患者さんと密に接触すると、抗体ができて治療を受けられなくなる可能性がありますので注意してください。
2. エレジビス®治療による副作用
エレジビス®による重大な副作用としては下記のものがあります。
1) 投与反応(infusion reaction)
投与中~投与後数時間に、過敏性反応・アナフィラキシーにより、頻脈、呼吸困難、じんましん、掻痒感、嘔吐、発熱などが現れることがあります。
2) 肝機能障害・急性肝不全
ウイルスを用いた遺伝子導入治療の副作用として、直接的な肝障害と免疫介在性の肝障害が生じることがあります。本剤を投与された歩行不能患者さんで、急性肝不全で死亡に至った患者さんも報告されています。
3) 筋炎
治療によって発現したマイクロジストロフィン蛋白に対する免疫応答により筋炎が生じることがあります。
4) 心筋炎
治療により投与された大量のウイルスの細胞侵入に対する自然免疫応答で心筋炎が生じることがあります。
5) 横紋筋融解症
治験(EMBARK試験パート1)では、エレジビス®を投与された患者さん(15.9%)、プラセボ(偽薬)を投与された患者さん(22.6%)双方で横紋筋融解症が示唆されました。
主な副作用の発現時期と想定されるメカニズム

投与中から直後には、過敏反応による投与反応が、投与後短期間では自然免疫による副作用(心筋炎など)が生じやすく、投与後一定期間を経ると治療によって生じたマイクロジストロフィン蛋白などへの獲得免疫による副作用(肝機能障害、筋炎など)が生じやすいと考えられています。
3. 免疫抑制治療による副作用と感染予防
免疫応答による重大な副作用を防ぐ目的で、エレジビス®投与前日から投与後60日まで、ステロイド(プレドニゾロン)の大量療法を行います(最大60mg/日)。免疫応答による副作用が生じた場合は、さらに大量のステロイド治療や免疫抑制剤を用いることがあります。
こうした免疫抑制治療は、感染症に対する抵抗力を弱めるため、重篤な感染症による死亡例も報告されています。免疫抑制治療期間は感染症に特に注意する必要があります。また、ムーンフェイス(満月様顔貌)や肥満などのステロイドによる副作用も生じることがあります。
4. 適切な臨床評価の必要性
安全性の確認と副作用への速やかな対応を図るため、投与前から一定期間は入院が必要で、その後も定められた検査スケジュールを守っていただく必要があります。
また、治療の有効性を精密に評価するため、専門機関で定期的な機能評価を受けていただく必要があります。新規治療の普及のためにも、皆様の理解と協力が必要です。
Ⅳ. エレジビス®の治療を受けられる医療機関
エレジビス®の投与においては、高度な医療対応が求められるため、投与施設は日本小児神経学会の承認を受ける必要があり、2026年2月17日時点では13施設となっています。詳細は日本小児神経学会のホームページをご確認ください。
https://www.childneuro.jp/general/8664
投与施設は、日常診療や臨床機能評価を行うフォローアップ施設、リハビリテーション施設と連携して治療に当たります。投与施設を受診されていない患者さんでも、連携施設を受診されていれば、医療機関連携を通じて投与を受けることができます。受診中の施設がこれらの施設に該当するかどうかは、担当の先生にご確認ください。
Ⅴ. おわりに:考えられているのは症状の軽減と進行速度の遅延
エレジビス®はデュシェンヌ型筋ジストロフィーにおける初めての遺伝子導入治療薬です。遺伝子導入という言葉のイメージから、根本的な治療薬と理解されている方も多いようですが、本剤で発現するのはマイクロジストロフィンで、完全なジストロフィンではありません。期待される効果は症状の軽減・進行速度の遅延です。骨格筋・心筋双方に発現するなどの利点もある反面、投与にかかる負担の大きさ、重大な副作用の懸念などもあります。
投与年齢や運動機能の制限があることから、投与を急ぐ気持ちになりがちですが、担当医と考えられるメリットやリスクについて十分相談し、納得した選択をいただくよう願います。保険承認時点では本剤のエビデンスは十分とはいえないため、投与を受けられた患者さんは定期的な検査や機能評価をきちんと受けて、エビデンスの確立に協力いただくように、お願いします。
エレジビス®の商品詳細については、下記の資料もご参照ください。
厚生労働省 適正使用ガイド
https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001631282.pdf
中外製薬株式会社 エレビジス点滴静注 患者さん向け資料
https://chugai-pharm.jp/product/ele/div/handbook
中外製薬株式会社 エレビジス点滴静注(医師向けサイト)
